福島地方裁判所 昭和33年(行)13号 判決 1961年4月10日
原告
神長テル 外一名
被告
福島県教育委員会・福島県人事委員会
主文
原告神長テル子の被告福島県教育委員会に対する免職処分取消の訴を却下する。
原告らその余の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
(略)
理由
一、原告神長テル子の請求について
原告が昭和二三年四月一日以降小学校助教諭免許状を有し、小学校助教諭の身分を有する地方教育公務員として昭和二九年四月一日から福島県岩瀬郡岩瀬村立白方小学校に勤務していたこと、原告のもっていた臨時免許状が教育職員免許法第九条第二項の定めるところにより昭和三二年三月三一日限り失効することになっていたので、原告は同年一月一〇日被告県教委に対し臨時免許状検定願を提出したところ、同被告は検定を拒否し同年三月三一日付をもって前示免許状が効力を失ったことを理由に原告を免職する旨の通知をしたことは当事者間に争がないところである。
(一) そこでまず、原告の被告県教委に対する免職処分取消の訴の適否について検討するに、原告は被告県教委の前示免職通知は原告の小学校助教諭としての身分を失わせた免職処分であると主張する。しかし、教育職員はその職務の特殊性に鑑み、教育職員免許法に定める免許状を有することを身分取得の要件とすると共に、身分の継続もまたこの資格を有することを前提とするものであるから、教育職員はその持っている免許状が効力を失ったときは、その身分も当然失われるものと解すべきであって、このことは教育職員免許法第三条第二二条等に照らし疑を容れないところである。而して原告の保有していた小学校助教諭免許状が、昭和三二年三月三一日限り所定の有効期間満了となることになっていたので、期間の延長を求めて提出していた原告の検定願が却下されたことは原告の主張自体明かである本件では、原告が昭和三二年三月三一日の経過と共に小学校助教諭としての資格を失つたことは勿論、白方小学校助教諭の身分をも喪失したものというべく、そこには任命権者による行為の介入する余地は全くないのである。従つて本件においては行政行為としての免職処分それ自体は存在しなかつたし、その必要もなかつたのであつて、原告主張にかかる免職する旨の文書は、被告県教委の主張するように原告が昭和三二年三月三一日限り離職したことを告知するための通知書に過ぎないものであつたといわなければならない。
してみれば原告の被告県教委に対する免職処分取消の訴は、訴訟の対象となるべき行政処分が存しないのに、存在するものとしてなされた不適法のものとして却下を免れない。しかのみならず、原告が地方公務員たる身分を有していたのは教育公務員であつたことに基因するのであるから、教育公務員たる身分を喪失した以上、地方公務員としての身分もまた当然失われたものというべく、他に特段の事情の認むべきもののない本件においては、原告の地方公務員たることの確認を求める予備的請求もまた失当として棄却すべきである。
(二) 次いで原告の被告県人委に対する請求の当否につき審究する。
原告の持つていた教育職員免許状が教育職員免許法に定める有効期間の満了により、昭和三二年三月三一日の経過とともに効力を失つたので、原告は同日限り教育公務員たる身分を喪失したものであつて、被告県教委のいわゆる免職通知によつて離職したものでないことは前敍認定のとおりである。しからば原告の前示離職に関する限り行政処分としての「免職」の観念を容れる余地はないものといわねばならない。従つて被告県教委の前示免職通知によつて原告は何等身分上不利益な取扱いを受けたことにはならないのである。原告は被告県教委が不当に原告の検定願を却下し、従前の教育職員免許状が効力を失つたことに籍口して免職したと主張するけれども、仮に被告県教委において教育職員免許状の授与を拒否したことが違法であつたとしても、これを以て直ちに従前の免許状の有効期間が延長されるというわけのものでもないのであるから、離職の効果には何等の影響がないのである。してみれば被告県教委の前示免職通知を目して地方公務員法第四九条にいわゆる不利益処分であるということはできないのであつて、これに対し被告県人委に審査の請求をすることは許されないものといわなければならない。よつて被告県人委としては須らくこれに対し審査の対象となるべき不利益処分は存在しないものとして処理すべきであつたに拘らず、誤つてこれを受理し実質的審査を経た上、「被告県教委が昭和三二年三月三一日原告を解職したことを承認する」等の判定をしたのは失当である。しかし原告の右審査の請求は、その前提である免職という行政処分が存在しないものに対してなされた不適法なものである以上、たとえこの判定が取消されたとしても、原告の離職には毫も消長をきたさないし、きたすおれもないのであるから、原告の被告県人委に対する本訴請求は訴の利益を欠くものとして、これを棄却すべきである。
二、原告小林タケの請求について
(一) 被告県教委が福島県田村郡田村町立守山中学校の講師として勤務していた原告小林タケに対し、昭和三二年四月一日付をもつて同県石川郡玉川村立須釜中学校に転補する旨命じたことは当事者間に争がない。原告は右転任処分は原告が退職勧告を拒否したことに対する報復手段であると主張するが、この点に関する甲第一一号証の記載、証人高田コトの証言、原告本人尋問の結果等は採用し難く、却つて成立に争のない乙第五、六号証第八号証、証人池下泰弘の証言に弁論の全趣旨を総合すると、被告県教委は昭和三一年度末における福島県内小、中学校教職員の人事異動に際し、予め人事異動の実施要項及び人事に関する基本方針なるものを定め、同一学校に六年以上勤務する者は他に転任させること、満四五才以上で扶養義務者でないものには勇退を勧奨することとなつていたので、被告県教委は原告が当時四五才以上でしかも夫が福島県立安積高等学校の教員をしていたことから、前記基準に該当するものとして、昭和三二年二月頃より三月までの間屡々退職の勧奨をしたが、その承認を得ることができなかつたこと、そこで被告県教委は原告が守山中学校開校以来九年一一ヶ月の長きに亘り勤続していることを理由として、同年三月二九日原告を須釜中学校に転勤させることに決定したのであるが、被告県教委はこれに先だち、自宅から通勤可能な安積郡内の学校に転勤させるべく努力した結果、同郡湖南村立中野中学校に転任を内定したところ、かつて原告は同村小学校に勤務したことがあつて、原告を知る同村教育委員会より異議が出たので、これを取止めたこと、その後も被告県教委は同郡管内に転任先を物色したが原告の転入を承諾するところがなかつたので、やむなく須釜中学校に転任させるに至つたものであつて、須釜中学校は原告の自宅からの所要時間が約四時間の距離であるから通勤は困難であつても、週末に帰宅することは容易であることなどが認められるのであつて、他に右認定を覆し原告の主張事実を肯認するに足る証拠はないから、原告の前示主張は採用することはできない。
原告はまた本件転任については、田村町教育委員会の適法な内申がなされなかつたら、本件転任処分は地方教育行政の組織及び運営に関する法律第三八条に違反すると主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はないのみならず、成立に争のない乙第九号証内(甲第八号証と同じ)によれば、原告の本件転任については昭和三二年三月末頃田村町教育委員会委員長国分久から被告県教委に対し、適法な内甲がなされていることを認めることができるから、原告の右主張も採用できない。
以上の次第で、被告県教委のした転任処分は、これによつて原告が自宅からの通勤が困難となり、勤務先附近において自炊生活をなすの余義なきに至り、家族との別居生活を営む等精神的にも経済的にも多少の負担になることは窺われないわけではないが、他に特段の事情の認められない本件では、全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務する地方公務員としてこの程度の不利益はやむを得ないものとして受忍すべきものというべく、任命権者は人事行政運営上の裁量行為として此の程度は許されるものといわなければならない。しかのみならず成立に争のない乙第八号証に弁論の全趣旨を総合すると、原告は昭和三二年三月頃「退職以外なら転任を命ぜられる場合は応ずる」旨の言質を与えていたことが認められるのであるから、原告に対する被告県教委の本件転任処分は違法ということはできない。よつて原告の被告県教委に対する本訴請求は理由がなく、従つて原告の転任処分を承認した被告県人委の判定の取消を求める請求もまた失当である。
三、よつて原告神長テル子の被告県教委に対する免職処分の取消を求める訴を却下し、その余の請求部分及び原告小林タケの被告らに対する請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。